
墨流し
墨流しは「墨を流す」と書きます。水面に墨を落とし、紙で写し取る。ただそれだけです。
仕掛けは表面張力にあります。墨の筆と、松脂を含ませた筆を交互に水面に置く。松脂は墨をはじくので、置いた点を中心に墨が同心円状に押し広げられる。模様を描いているのではなく、はじく力で押し出しているのです。
だから墨流しの線は、手で描いた線とは違う形をしています。人の手が決められるのは、どこに何を落とすかまで。そこから先は水が決めます。
手順
浅い盆に水を張る
浅い盆に水を張る
紙より一回り大きい浅い盆に、深さ3〜5cmの水を張る。深さは関係ない——起きることはすべて表面の膜の上で起きる。
水を落ち着かせる
水を落ち着かせる
張った水を三十分ほど置き、水面が完全に静まるのを待つ。動いている水面には円が描けない。
室温の水を使う
室温の水を使う
冷たすぎる水は墨がのびない。室温に近い水がいちばん素直に広がる。
筆を二本用意する
筆を二本用意する
細筆を二本。一本は墨用、一本ははじく側用。この二本は絶対に混ぜない——一度混ざると、どちらの筆も効かなくなる。
必要な工具:
Paintbrush Set墨を薄めに磨る
墨を薄めに磨る
墨を硯で磨り、少し薄めにする。濃すぎる墨は重く、水面に浮かずに沈む。
このステップの材料:
Sumi Ink Stick1 個はじく側を用意する
はじく側を用意する
もう一本の筆には松脂——なければ台所用洗剤をごく薄めたもの——を含ませる。界面活性のはたらきで水の表面張力を下げ、墨を押しのける。
墨を一点、水面に触れさせる
墨を一点、水面に触れさせる
墨の筆の先を水面にそっと触れさせる。押し込まない。触れた瞬間に墨が円に広がる。
同じ中心にはじく筆を置く
同じ中心にはじく筆を置く
いまできた円の中心に、はじく筆を触れさせる。墨が外へ押し出され、輪になる。中心を外すと同心円にならない。
交互に繰り返す
交互に繰り返す
墨、はじく、墨、はじく、と同じ中心に交互に置いていく。輪が二十本、三十本と重なっていく。数えながら置くと、あとで再現できる。
息を吹きかけて流す
息を吹きかけて流す
同心円ができたら、静かに息を吹きかけるか、うちわであおぐ。輪が流れて木目のような形になる。この一手だけが「流し」の名の由来にあたる部分。
和紙を一度で置く
和紙を一度で置く
和紙の中央から水面に置き、外へ向かって寝かせるように下ろす。置き直しはきかない。持ち上げた瞬間に模様は壊れる。
このステップの材料:
Watercolour Paper1 枚数秒で引き上げる
数秒で引き上げる
二、三秒おいてから、端をつまんで一定の速さで引き上げる。速すぎると模様が流れ、遅すぎると紙が水を吸いすぎる。
水面をきれいにしてから次へ
水面をきれいにしてから次へ
新聞紙を水面に当てて残った墨と油分を取る。前の模様の残りは、次の一枚に必ず出る。
平らに干す
平らに干す
吊るさずに平らに置いて乾かす。吊るすと水と一緒に墨も下へ流れ、輪が伸びる。
十枚続けて刷る
十枚続けて刷る
同じ手順で十枚刷り、並べてみる。同じものは一枚もない。再現できないことは失敗ではなく、この技法の性質そのもの。
歴史と背景
歴史と背景
平安の紙。 墨流しは平安時代、およそ千二百年前の日本で行われていた技法です。主に貴族が用い、和歌を書くための料紙や、公文書の装飾に使われました。紙そのものが貴重だった時代に、紙を飾るための技術として成立しています。
名の通りの意味。 「墨」と「流し」。描くのではなく、流す。この呼び方が技法の性質をそのまま言い当てています。
松脂が主役。 墨だけでは、水面に落ちた点はただ広がって消えます。松脂を含ませた筆を交互に入れることで、墨は押しのけられ、輪として残る。界面活性剤が表面張力を局所的に下げているわけで、現代の作り手が洗剤を薄めて使うのも同じ原理です。模様を作っているのは、墨ではなく、はじく力のほう。
西洋の大理石紙との違い。 トルコのエブルやヨーロッパのマーブル紙は、粘性を高めた液——トラガカントゴムなど——の上で絵具を櫛で梳き、意図した模様を作ります。墨流しは水そのものの上で行い、櫛を使わず、模様を制御しません。同じ「水面に浮かせて写す」でも、思想が逆です。
制御しないという選択。 十枚刷れば十枚とも違う。それを欠点とみなす技法もありますが、墨流しはそこに価値を置いてきました。作り手が決めるのは条件までで、形は水が決める——千二百年、その線引きが変わっていません。
材料
2- プレースホルダー
- プレースホルダー
必要な工具
1- プレースホルダー
CC0 パブリックドメイン
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